マティアス・キルシュネライト氏インタビュー

FEATURE
Interviewer Akimitsu Sawano Translate Ai Matsumoto Edit by Shiritaikun
日本公演のため来日したドイツを代表するピアニスト、マティアス・キルシュネライトさんに最新アルバムや今後の取り組みについてお話を伺いました。
<マティアス・キルシュネライト(Matthias Kirschnereit)>
豊かな感情と物語性に富んだ表現で聴衆を魅了し、南ドイツ新聞で“ピアノの詩人”と評されたドイツを代表するピアニスト。
レナーテ・クレッチュマー=フィッシャーに師事した彼は、自身もドイツピアニストの流れを汲む一人と自負しており、その系譜は、コンラート・ハンゼン、エトヴィン・フィッシャー、マルティン・クラウゼ、さらに遡るとフランツ・リストまで連なる。
2015年第9回浜松ピアノ国際コンクールドイツ代表審査員、2022年仙台国際音楽コンクール審査員。親日家としても知られ、通算22回目の来日を迎える。

ー9月に発売された最新アルバム「タイム・リメンバード 」のコンセプトを教えてください。

このアルバムのテーマは「私の人生のプレイリスト」であり、個人的な音楽日記のようなものです。アルバムは大きく2つの要素から構成されています。1つ目の要素として、これまで私はビートルズやジャズ、クラシックといった様々な音楽を聴いてきました。その中でも私の音楽人生で特に思い出のある曲を選びました。例えば、バッハの「主よ人の望みの喜ぶよ」は私にとってかけがえのない曲の1つです。というのも、私の両親が介護施設に入っていた時に母がよくこの曲を弾いていたので、この曲を聴くと両親と一緒にいた情景を思い出すからです。また、私は日本が大好きで、ある時から日本人作曲家・武満徹氏の作品にとても興味を持つようになりました。彼の様々な作品を知っていくうちに、彼の創作の原点に触れてみたいと思うようになり、以前来日した際に、スケジュールの合間を縫って彼の別荘があった軽井沢へも実際に足を運びました。そこで武満徹氏の創作の原点を見たように感じ、今回のアルバムには彼の代表作である「雨の樹 素描 II-オリヴィエ・メシアンの追憶に」を収録しました。こうしたことからも、この最新アルバム「タイム・リメンバード」に収録されている全ての曲が私にとってかけがえのない曲となっています。

2つ目の要素は、少し哲学的になってしまうのですが、“時”をテーマにしています。誰しもが過去、現在、未来という時空間で生きていますが、今回のアルバムでは私なりに“時”というものを感じ、見つめなおすことができるものを選曲しています。アルバムに収録されている「ブルックナー:思い出 WAB 117」、「ヤナーチェク:おやすみ」、「シューマン:眠りに入る子供」、「プランディ:バガテル~永遠の時」をはじめ、全ての曲が何かしら“時”と関係している曲になっています。現代社会は時間に追われ、慌ただしい時代ですが、このアルバムを聴く時だけでも皆さんに“時”を感じ、振り返っていただければ嬉しいです。

ー最新アルバムからお気に入りの一曲を教えてください。

これはとても難しい質問ですね。
ちゃんとは言えないのですが、全ての曲ひとつひとつに個性があるので・・・。
特に今回は約400年続く音楽の歴史におけるクラシック、ジャズ、ポピュラーなど幅広いジャンルの中から、自分なりに“これは!”というものを選んでいますので、正直なところ全部がお気に入りです。どうしても選ぶとしたら「ヤナーチェク:おやすみなさい」でしょうか・・・。
でも、やっぱりすべての曲が“My favorites”です!

ーアルバムを構成するにあたり収録曲順は意識しましたか?

とてもいい質問ですね。
これはとても難しかったです。
アルバムにはフレスコバルディやバッハ、ジョージ・ハリスンの作品など多種多様な曲を収録しましたし、単に作曲家の歴史に沿って曲を並べただけでは面白くありませんので・・・。
特に意識したのは、曲同士の調性の相性や、曲の持っているメッセージを大切にして、相乗効果が出るような曲順を考えたことですね。例えば、「リスト:眠られぬ夜、問いと答え」、「ヤナーチェク:おやすみ」、「シューマン:眠りに入る子供」は“眠る”というテーマで関連性がありますし、「ブゾーニ:わが魂は汝に望みを託す BV 249」、「バッハ:主よ人の望みの喜びよ」は宗教的な“祈り”というテーマで結びつきがありますので、こうした点を意識して曲順を決めました。また、アルバム全体を通して、例えるなら、休日に野山をハイキングした時に色々な風景を見て自然を感じ取るような楽しいものにしようと思いました。こうした結果、音楽のジャンルを超えた、これほどまでに多種多様な作品を取り入れたドラスティックなアルバムが完成しました。全ての曲に対してリスペクトしつつ、バッハのような大作曲家の作品に対しては、作曲家自身への尊敬の念も込めて曲順を決めましたので、本当に曲順を決めるのは大変でした。

―マティアス先生はこれまでも多数のレコーディングをしており、精力的なレコーディング活動をされてきたかと思います。2022年にはハイドンの協奏曲をヴュルテンベルク室内管弦楽団と弾き振りでレコーディングされ大きな注目を集めましたが、今後のレコーディング予定があればお聞かせください。

2024年10月にスタジオに入り、リヒャルト・ワーグナーの作品を録音する予定です。今回は、ワーグナー以外にもワーグナーに関係のあるリストやハンス・フォン・ビューローなどの作品も録音したいと考えております。あと、ピアノ協奏曲ですが、ピアニストとしてはブラームスのピアノ協奏曲を是非録音してみたいと思っています。もちろん、機会があれば、ベートーヴェンのピアノ協奏曲もやってみたいですね。ただ、どちらをレコーディングするにしても、まずは素晴らしいオーケストラと出会うことが必要ですね。特にブラームスやベートーヴェンのピアノ協奏曲は、以前録音したハイドンのピアノ協奏曲とは違い、音楽的に管弦楽とピアノの響きが求められますので、録音するなら指揮者を立ててやりたいですね。ご存じのように、ハイドンのような前期古典派の作品は編成が実にシンプルで、その多くは弦楽器が主体となり、管楽器は多くてもホルンとオーボエくらいです。そのため、楽曲全体を大きな室内楽と捉えて演奏できるので弾き振りが可能でしたが、ベートーヴェンやブラームスといった後期古典派やロマン派の作品は、時代とともに多くの管楽器や打楽器を取り入れるようになり、シンフォニックな響きが求められるようになりました。そのため、ハイドンのピアノ協奏曲のような室内楽的な演奏は向いていないので、レコーディングするなら指揮者と一緒にやろうと思います。

ー2025年1月には飯森 範親さんが指揮する、日本センチュリー交響楽団、パシフィックフィルハーモニア東京とハイドン/メンデルスゾーン/ベートーヴェンのピアノ協奏曲の演奏会を予定されているとお聞きしましたが、どのような公演になりますか?

飯森 範親さんとは以前から親交があり、ドイツでも共演したことがあります。彼との演奏はいつも楽しくて、最高の音楽を創れます。このように気心の知れた指揮者なので、2025年1月のコンサートもきっと素敵なものになると確信しております。実は先日、飯森さんから連絡があり、2025年のコンサートではベートーヴェンのピアノ協奏曲をブラームスのピアノ協奏曲に変更することになりました。ベートーヴェンのピアノ協奏曲第4番も好きな曲ですが、飯森さんのような有能な実力のある日本人指揮者と一緒に私の大好きなブラームスの協奏曲第1番を演奏できることはとても光栄なことなので、今からワクワクしています。日本の皆さんにもきっと楽しんでいただける内容になるので、是非楽しみにしていてください。

2023年11月12日(日)琉球フィルハーモニックとのコンサート(写真提供:琉球フィルハーモニック)

―日本と海外とで演奏活動に違いはありますか?また、プライベートな質問ですが、来日される際に楽しみにしていることはありますか?

毎回来日して思うのは、日本の方々はとても親切でやさしく“おもてなし”の心を感じますね。また、コンサートでは日本の聴衆の皆さんはクラシック音楽に対してとても真摯に接し、深く音楽を感じ取るように聴かれており、これはアーティストにとってもとても嬉しいことです。それに、日本のプロモーターの方々もアーティストへの気配りがあり、滞在中のスケジュール管理をしっかりとしてくれるので、アーティストにとってはとても演奏活動をしやすい国だと思っています。
そうそう、プライベートな楽しみのひとつは日本食を食べることです。日本食はどれも繊細な味付けで、何を食べても美味しいのですが、特にお寿司が大好きで、来日したら必ずと言っていいくらい食べますね!最近でこそヨーロッパでもお寿司は一般的になってきましたが、やはり日本で食べるお寿司は格別です。

あと、演奏で日本の地方に行った際には一人で居酒屋に行って、その土地の美味しいものを食べるのも楽しみですね。最近では拙い日本語ですが、お店に入ってから“まずはビールください!”と頼むこともできますよ!(笑)
日本は私にとって第2の故郷みたいな場所なので、本当に毎年里帰りするのが楽しみでなりません。またすぐ帰ってきますね!

マティアスさん、今回はお忙しい中インタビューのお時間をいただきありがとうございました!

マティアスさんとJPT Classics澤野

【最新アルバム】
●人生のプレイリスト
「タイム・リメンバード」(2CD)
マティアス・キルシュネライト(ピアノ)
(品番:BC0302966, Berlin Classics)

20回に及ぶ来日公演でもおなじみのドイツのピアニスト、マティアス・キルシュネライトは、少年時代をナミビアで過ごすなどユニークな経験の持ち主でもあります。今回登場する2枚組CDは、キルシュネライト自身が「私の人生のプレイリスト」と語る個人的な音楽日記のような性質のコンセプト・アルバムです。

[Information]
・Matthias Kirschnereit公式サイト
www.matthias-kirschnereit.com

・YouTube
https://www.youtube.com/channel/UCtM9YboR7iE18oOzMLF4KmQ
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