開館5周年!活版印刷の魅力を発信する
「市谷の杜 本と活字館」

FEATURE
Edit by Shiritaikun
今年開館5周年を迎えた「市谷の杜 本と活字館」。開館から現在までの変化や施設のみどころ、ワークショップについて取材しました!
<市谷の杜 本と活字館>
大日本印刷株式会社が有する市谷工場の一部として「時計台」の愛称で親しまれてきた建物を、1926年(大正15年)竣工当時の姿に復元した施設。活版印刷の設備や道具などを見学出来るだけでなく、実際に体験出来るワークショップや企画展を開催している。
2021年2月11日に一般公開され、今年開館5周年を迎えた。

開館5周年、来館者10万人突破!

6月に来館者数が10万人を突破した市谷の杜 本と活字館。今年開館5周年ということで、開館当時から現在までの変化について大日本印刷株式会社(DNP)の飯塚さんにお話をお伺いしました。「2021年2月11日に一般公開したのですが、開館からわずか2か月後に新型コロナウイルス感染症緊急事態宣言が発令されたこともあり、お客さんが全然いなかった時期がありました」と語る飯塚さん。当初は1日25人までの予約制で運営されていましたが、2022年に土日の予約制を、2024年2月には土日以外の予約制も廃止し、徐々にお客さんが増えていったとのこと。また、最近では海外のお客さんも多く、割合としては全体の3~5%を占めるそうです。取材した日も海外の方が見学されていました。
しおりをテキン(手動式卓上活版印刷機)で印刷する体験も、開館当初はスタッフが実演してお客さんが見るという形で行っていたそうです。現在ではお客さん自身で機械を使って印刷してもらったり、様々なワークショップを開催したりと、様々な面で変化があったとのこと。

今回はこうした変遷を経て5周年を迎えた本と活字館のみどころに焦点を当ててご紹介します!

「時計台」を復元した姿

外観。左上部にあるのが時計塔屋。文字盤の数字も古い写真からフォントデザイナーが書きおこしている

本と活字館は市ヶ谷駅から徒歩10分、緑豊かなエリアにあります。レトロなたたずまいの建物に一歩足を踏み入れると、かつての印刷所を再現した世界が広がっています。
この建物はもともと大正時代に建てられ、大日本印刷市谷工場の玄関口でした。現在の施設にするために改修工事が行われたのですが、建物自体を持ち上げて移動したのが驚きです!どうやって移動したのかが全く想像出来なかったのですが、地階にある記録室のモニターで当時の様子を視聴出来るそうなので、案内してもらいました。

施設の向かい側にあるビルに定点カメラを設置し、タイムラプスで撮影されたものを見せてもらいましたが、本当に移動していました!動画自体は50秒ほどですが、実際は建物を持ち上げてから今の位置に移動するまで約4か月掛かったとのこと。建物を移動させる技法を“曳家(ひきや)”と言うのですが、通常は寺社仏閣や古い木造家屋で使われる技法だそうで、飯塚さんによると「木造の場合はしなるのでグッと押してもわりと大丈夫なんですけど、この建物はコンクリート製でひびが入りやすいため、少しずつ少しずつ慎重に移動させたんです」とのことでした。

黄色の位置から赤枠のところまで移動した様子※イメージしやすいように色をつけていますが、実際の動画では黄色や赤枠、矢印は表示されません

こちらのモニターでは曳家工事以外にも館内に展示されている機械のリストアの動画や以前の工場の写真を見ることが出来ます。さらに、足元には当時建物を支えていた松杭が展示されています。状態の良い松杭は虫眼鏡や定規、液晶タブレット用のタッチペンに加工され、2階のショップにて販売されています(一部商品は完売とのこと)。さらに、1階の床には一部竣工当時のタイルが保存展示されています。

松杭

館内では原図ロッカーやパターン棚のほか、機械や道具などが展示されています。展示品のほとんどが市谷工場で実際に使われていたものなので、職人の手書きのメモやラベル、使い込まれた姿から当時の様子を感じ取ることが出来ます。このほかにも大日本印刷の前身である秀英舎時代から印刷されていた『ほととぎす』や『キング』、『現代日本文学全集』のほか、大日本印刷発足後に印刷された『広辞苑』や『週刊新潮』、『日米英会話手帳』のレプリカが展示されています。なお、日米会話手帳は復刻版が2階のショップで販売されており、人気商品のひとつなんだそうです。
また、館内には遊び心のある活字を模したサインがあります。「実際の活字は文字が逆向きなんですけど、それだとさすがに分かりにくいので、読める向きにしています(笑)。あと、エレベーター外のフロア表示サインをよく見てもらうと分かるのですが、今いる階(地階)だけインキの色がついています。1階に上がると、『一階』の文字に色がついています」と飯塚さんが教えてくれました。

原図ロッカー
パターン棚
活字鋳造機
施設内のフロアサイン

“活字拾い”を擬似体験

原稿をもとに活字棚から文字を集めることを“文選”や“活字拾い”と言います。個人的に“活字拾い”と聞いて真っ先に思い浮かぶのが、『銀河鉄道の夜(著:宮沢賢治)』の主人公ジョバンニが印刷所で働いているシーン。実はそのシーンのポストカードが2階のショップで販売されています(もちろん活版印刷!)。

ポストカードセット(『銀河鉄道の夜』、本と活字館の外観、平台印刷機)

さて、館内には活字棚も展示されています。実際に活字を触ることは出来ないのですが、モニターを使って“活字拾い”の疑似体験が出来ます。体験前に活字棚の見方を教えてもらいました。ざっくりと次のように活字が並んでいるとのこと。

・上段:使用頻度の高い漢字
・中段(取りやすい位置):ひらがな、カタカナ
・下段:使用頻度が低い漢字

こちらを踏まえて、いざ体験!拾うのは『坊っちゃん(著:夏目漱石)』の冒頭「親譲りの無鉄砲で小供の時から損ばかりして居る」です。時間が経過すると、該当の活字があるエリアにガイドが表示されると教えてもらい、「意外と出来るかも!」と楽観視していたのですが、最初の1文字目「親」を拾うのに20秒、続く「譲」でも大苦戦…。結局途中で時間切れになってしまいました(笑)。体験後、職人さんのスピードとの比較動画を見ることが出来るのですが、ものすごく速い…!

私(左)が「親」に苦戦している間に職人さん(右)は9文字拾っています(笑)

飯塚さん曰く「文選をする職人さんは、一人前になるのにだいたい2~3年掛かっていたそうです。なので、2~3年修行すればこのくらいのスピードで拾えるようになります」とのこと。また、歩合制の職人さんは、どれだけ正確かつスピーディーにたくさん活字を拾えたかで稼ぎが決まっていたそうです。

ちなみに体験用モニターの横には文選箱を模した小さなモニターがあり、活字を拾うとこちらにどんどん表示されるようになっています。「わりとみなさん拾うのに夢中でそこを見る余裕がないんですよね(笑)」と飯塚さん。確かに活字を探すのに必死で全く気づきませんでした(笑)。

文選箱を模したモニター。左下に活字が表示されます

文選した活字を組む“植字”

植字台

文選した活字をページの形にレイアウトし、組版を作ることを“植字(ちょくじ)”と言います。館内では実際に使われていた植字台や文字を組むために使われていた道具が展示されています。“植字”の作業では文選した活字とともにルビやけい線、ノンブルのほか、文字間を調整するための“クワタ”や行間を作るための“インテル”と呼ばれるパーツを埋めて版を作ります。組み上がった版は印刷するためにタコ糸でしっかりと縛って固定します。実際に展示されている組版を見ると作業の緻密さに驚かされます…!特に、文字が逆になっているので、その状態で字間や行間を調整するのがまさに職人の為せる技だと思いました。

組版。文字の余白部分に埋められているのがクワタやインテル

開館5周年を記念したワークショップ

印刷機。印刷体験のしおりもこちらの機械で印刷されているとのこと

今回特別に1階の印刷所エリアも見学させていただきました。印刷所では活版印刷体験のしおりの台紙などを印刷しているだけでなく、ワークショップの一部もこちらで行われています。
本と活字館のワークショップは初心者向けから本格的なものまで幅広い内容で、すぐに予約が埋まってしまうほど大人気!どういった方が参加されているのかお伺いしたところ、老若男女問わず参加されているそうで、特に40~50代の女性が多いとのこと。中にはリピートされる方もいるそうで、人気の高さがうかがえます。

今年「時計台」が建築100周年を迎え、さらに、本と活字館自体も開館5周年を迎えたことから、現在特別なワークショップが開催されています。その名も「みんなでつなぐ100年目の本づくり ~夏目漱石 『夢十夜』~」。こちらのワークショップでは文選から製本まで全ての作業を行い、1冊の本を作るというかなり本格的な内容となっております。これまでも同様のワークショップはあったそうですが、ひとりで全工程を行うため少人数制だったとのこと。今回の企画は周年記念ということもあり、ひとりでも多くの人に楽しんでもらいたいという思いから、工程を細かく分けて参加人数の枠を増やしたそうです。4月に文選、5月に植字と続き、取材をした6月時点では校正の作業に進んでいるとのことでした。夏目漱石の『夢十夜』を題材にされた理由をお伺いしたところ、「作業を分担する上で文字の分量も大事でして。初めての方でも楽しんでもらえるよう、難しい言葉が少なくて、ひらがなと漢字のバランスが良いということで、この『夢十夜』を選びました」とのこと。『夢十夜』が好きで参加している方も結構いるそうで、中には全工程に参加している方も!

ワークショップではこの活字棚から文字を拾います

印刷所内には活字棚もあり、ワークショップではこちらから文選をします。実際に活字棚の前に立つとその量の多さに圧倒されます!先ほどモニターを使った疑似体験ですら苦戦していたので、自分だったら絶対時間内に拾えないなと改めて思いました…。『夢十夜』の文選はワークショップの時間内で1ページ拾うのに2時間掛かる人もいれば、1時間で終わる人もいたそうです。当初、間に合わなかったページはスタッフが拾う想定だったそうですが、なんと参加者のみなさんだけで全てのページを拾えたとのこと!
ちなみにワークショップでは使用しないのですが、一番小さい活字はルビ用で4ポイント(約1.4ミリ)だそうです!もはや肉眼では文字が判別出来ないので、この文字を拾う職人さんに脱帽してしまいます…!

なお、こちらの『夢十夜』が完成するのは2027年1月頃を予定しているそうです。公式Instagramでも各工程のワークショップの様子が投稿されているので、興味がある方はぜひチェックしてみてください。

『夢十夜』第二夜後半のシーンの組版

今回、ワークショップに関連して、飯塚さんに印刷や製本で好きなポイントをお聞きしたところ、「やっぱり手で触れるところでしょうか。今はいろんなものがデジタル化されているんですけど、そういったものはどんなに美しくても画面の中だけなので。紙や本、印刷は見た目だけじゃなく、紙の触り心地や香りといった五感を通して感じられる点が良いところですね」と答えてくれました。実際、ワークショップの内容だけでなく、館内にある印刷物も紙の種類や印刷方法などにこだわりが感じられ、まさに手で触れて楽しめる工夫が施されていて素敵だと思いました。

2階のリソグラフ印刷機で刷られた案内マップ。季節ごとに色を変えているそうで、集めたくなります!

ユーモアあふれるカフェメニュー

活字を模した「喫茶」のサイン(右)

1階の入り口横には喫茶があります。コーヒーはオリジナルブレンドということで、近所にお住いの方やお散歩の途中に買いに来る人もいるほど人気だそうです。さらに、2階で開催されている企画展とのコラボメニューのほか、『巻き取りクーヘン』や『にかわソーダ』など印刷に関連したネーミングの商品もあります。日本画を知っている方などは『にかわソーダ』と聞くとドキッとされるかと思いますが、中身はジンジャーエールなのでご安心ください(笑)。これから夏本番ということで、過去の企画展メニュー『CMYKフロート』もあり、こちらは今年から夏のレギュラーメニューになったそうです! 

展示内容が充実しているのはもちろんのこと、落ち着いた雰囲気や印刷機の心地よい音など非常に癒される空間で、何度も通いたくなる素敵な施設でした。

今回、飯塚さんにご案内いただきながら見学しましたが、本と活字館ではこうした解説付きツアーも行っているので、気になる方はぜひ公式HPの「イベント予約」をチェックしてみてください。もちろん自分のペースでゆっくり見学しても十分に楽しめます♪

大日本印刷株式会社(DNP)の飯塚さん、本と活字館のスタッフのみなさん、取材を受けていただきありがとうございました!


【施設情報】
市谷の杜 本と活字館(大日本印刷)
入場無料
開館時間:10:00~18:00
休館日:月曜・火曜(祝日の場合は開館)※臨時休館日がある場合がございますので、公式HPまたはInstagramをご確認ください。

[Information]
●市谷の杜 本と活字館
https://ichigaya-letterpress.jp

Instagram: https://www.instagram.com/ichigaya_letterpress/
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