
“オタク”ならではの知識を生かして世界に“日本”を伝える
~粉川理沙先生インタビュー~
ロサンゼルスを拠点として活動されることについて
―現在ロサンゼルス在住ということで、インターネットの発展や日本語の本を多く扱う書店の存在が「推し活」の助けになったそうですが、それでも日本発のカルチャーに対して物理的な距離や情報面での違いを感じる点はありますか?
もちろんあります!情報面ではインターネットや日本語書店のおかげでほとんど困らなかったのですが、物理的にグッズは手に入らないですし、昔よくあった「応募者全員サービス」のような恩恵も受けられませんでした。イベントや原画展にも直接行けなかったので、その影響かもしれませんが、私はいまだにグッズやイベントにあまり執着しないオタクとして育ちました。もちろんこれは個人差があると思います。 とはいえ、本は家に4,000冊ほどあるので、場所の問題でグッズを置けなかった、という側面もあります(笑)。情報はあっても距離の問題は意外と大きく、それが自分の“オタク育ち”に影響したのかなと思います。

―最近日本のネットニュースで、映画『チェンソーマン レゼ篇』が全米初登場1位になったり、ガンダム作品の主題歌にGuns N’ Rosesが起用されたりといった話題が印象的ですが、 ロサンゼルス在住の先生から見て、最近の海外オタクカルチャーのトレンドや変化について、感じていることがあればぜひ教えてください。
特に感じるのは「ファッション化」「層の拡大」、そして意外なところで「筋トレへの影響」ですね。
まず、オタク文化がファッションの一部になりました。従来のようにアニメのビジュアルをネットから拾ってそのままプリントするのではなく、作品の文脈を理解した上でデザインに落とし込み、ストリートファッションに自然に取り入れるスタイルやそれをモチーフとしたブランドが主流です。いわゆる“ダサいオタク”像からは大きく変わりましたね。ただ、古くからのファンとしては、作品を知らずに「おしゃれだから着る」というケースや、著作権的にグレーな流れには少し複雑な気持ちもあります。
次に、コロナ以降アニメを見る層が圧倒的に広がりました。これまで“内気なインドアな人の趣味”と思われがちだったものが、今では完全に一般的なエンタメです。実際、いわゆる音楽フェスに行くようなアクティブなタイプの友人でも「最近Netflixで○○を観た」といった会話が普通に出てきます。配信環境の充実はかなり大きいですね。
そして面白いのが、キャラクターの影響で筋トレを始める人が増えていることです。近年のキャラクターは性別問わずより筋肉質になっていて、そのビジュアルに影響を受けて体を鍛える人も多いです。例えば『呪術廻戦』の伏黒甚爾や、実写版『ONE PIECE』でゾロを演じた新田真剣佑さんなどは、特に影響力が大きいと感じます。以前は「筋トレするオタク」は珍しかったですが、今ではかなり一般的になりました。
また、若い世代への浸透も印象的です。私が昨年(※2025年)中学生向けのアニメクラスのサマースクールを担当した際、12〜14歳の生徒たちが想像以上に詳しくて驚きました。親の影響で好きになったという子も多く、オタク文化が世代を越えて広がっているのを実感しました。しかも『鬼滅の刃』や『進撃の巨人』など有名作品を見ているのは当然、もっとマイナーなのが見たい!とのことだったので感心。様々なアニメを紹介しましたが、圧倒的に人気だったのは1980年代のニューヨークを舞台にしたハードボイルド・アクション作品『バナナ・フィッシュ』でしたね。内容も絵柄もシリアスなので意外でした。全体として、オタク文化はより日常に溶け込み、多様な形で広がっていると感じています。
―ロサンゼルスでの生活や仕事の中で「日本にいたら絶対にできなかった」と感じる経験はありますか?
イラストレーターの仕事は、世界のどこにいても言語が通じなくてもネット(とデジタル機材含む画材)さえあればなんとかできますが、物理的に現場で求められる通訳は日本にいたら絶対にできなかった仕事だと思います。
この「エンタメハブ」と呼ばれるロサンゼルスだからこそ実現できた部分も大きいです。私自身がフリーランスということで、日程調整のしやすさや働けるビザ(アメリカ国民)を持っていること、スラング含む若者英語も理解でき、デザイン関係などエンタメの裏方にも精通し、さらに料金交渉も柔軟にできるという好条件が重なりました。
加えて、日本から離れて実力主義のアメリカに来る人たちは、皆ガッツがあります。そうした方々と一緒に働くことで、毎回大きなエネルギーをもらえるのも、ここならではの経験だと感じています。
著書『推し活英語フレーズ大全』について
―出版に至った経緯をお聞かせください。
2023年のある日、以前私が文章力を高めるために書いていたnote記事を読んでくれた前担当者から書籍の執筆依頼をいただきました。絵を描くことばかりで、ブログを書いていた時期もありましたが、本業ではなかったので文章に自信はありませんでした。オタクの友達にも「文が書けないから絵を描いてんだよ!」とよく言っているぐらいです。でも、校閲の方もついてくださるし、なんとかなるだろうと(笑)。それより、このニッチなジャンルは自分にぴったりだ!と思い、快諾しました。
もともとSNSで二次創作などを通して交流していたため、日本の方から「この英語合ってる?」「この注意喚起を英語で書きたいんだけど」「タイトルの英語の綴りこれで良い?」などの質問も多く、アメリカ在住であることは隠さずに発信していました。そうした経験もあり、「微力ながらオタクの役に立てたらいいな」という気持ちで本を書きました。

―今回、様々なジャンルに詳しい(先生が「オタク仲間」と呼んでいる)スタッフの方々も関わられたそうですが、その中で、先生ご自身にとっても「これは面白い!」「こんな表現があるんだ!」と発見があったことはありますか?
やはりネタ系になってしまうのですが、個人的に「gomenasorry」や「thankyou gozaimuch」みたいに、日本語と英語が混ざった、どちらにも精通していないと理解できない“身内ネタ”的な表現が大好きですね。
あと、初めて「Notice me senpai」が定着しているのに気づいた時は面白かったです。これは日本語と英語が分かっていても、コンテンツを知らないと理解できない高度なフレーズです。しかも「notice me(気づいてよ)」という、日本特有の“恋愛のもじもじ感”が出ていて、そこもさらにcherry on top(笑)。最高だなと思いました。
―日本では「聖地巡礼」や「神曲」といったフレーズがカジュアルに使われていますが、海外ではロケ地巡り自体も浸透していないと本書で説明されていたように、海外では国によって宗教の文化はセンシティブな内容でもありますよね。本書を執筆されるにあたり、特に配慮された点はありましたか?
あまり軽々しく使わないように意識しました。日本では生活習慣として仏教や神道が身近ですが、国民の多くは「無宗教」で、違和感は少ないと思います。ただ、他宗教の文化で育つと、受け取り方はさまざまです。 例えば『聖☆おにいさん』も海外で人気がありますが、あちらでは「パロディ」という扱いで、「神をモデルにしたキャラクターたちがわちゃわちゃしている」という理解でした。文化背景の違いを意識して書くことは、大事にしたポイントです。
―掲載できなかったけれど「本当は入れたかった」英語表現や裏話はありますか?
最後の英語特有のオタクフレーズの部分は、もっと数を増やしたかったのと解説を掘り下げたかったですね。あと、推し活に関わる著作権や二次創作のグレーな部分についても触れたかったのですが、それだとクリエイター寄りの英語になってしまうので、今回は保留にしました。
実は本書に入っているのは、私が書いた原稿の約50%です。私は小学生の頃から文章を書くときは「全部書き出してから削る」タイプなので、原稿はもっと長く、情報もたっぷりありました。もし続編や似たような内容を書く機会があれば、さらに掘り下げたいと思っています。「※オタク長文注意」というタイトルになるかもしれません(笑)。

―本の制作中にスタッフや編集者とのやり取りで印象的だったエピソードはありますか?
比較的自由にやらせていただいたのですが、やはりスタッフ全員がそれぞれ違うジャンルのオタクなので、「そんな角度から指摘が入るんだ!」と学ぶことが多かったですね。
オタクって良くも悪くもこだわりが強く、思い込みも激しい生き物なので(笑)、ぶつかり合いとまでは言いませんが、「ここは譲れない!」というポイントで何度も行ったり来たりしました。具体例を挙げるとまた議論の火種になりそうなので控えますが、その熱量こそが、この本の厚みにもつながっていると思います。
― 『推し活英語フレーズ大全』の出版からちょうど1年が経ちますが、最近「このフレーズをよく耳にする」と感じるものがあれば教えてください。
トレンドは移り変わりが早いので一概には言えませんが、最近比較的よく見かけるのが「Don’t do this!」という構文です。一見すると注意や批判のように聞こえるのですが、実際にはその逆で、ユーモアを込めた“褒め言葉”として使われることが多いんです。例えば、赤ちゃんと一緒に筋トレをしているような微笑ましい動画に対して、「Don’t do this!(そんなことしないで!)」とコメントしつつ、「He may grow up to be a very fit man and be dangerous for ladies.(将来すごく鍛えられたイケメンになって、女性たちにとって危険な存在になるかもしれない)」と続けるようなものですね。一見すると皮肉や警告のように始まりながら、最後はユーモラスな褒め言葉で締めくくる。このちょっとした“ひねり”が面白くて、個人的にも見るたびにツボですね。ウィットの効いたジョークや言葉遊びを楽しむアメリカのカルチャーらしい表現の一つで、コメント欄でもよく見かける、印象的な言い回しだと思います。
―今後「推し活英語」が広がっていくことで、海外のファンとの距離も縮まるように感じられますが、そうした展望についてどのような期待をお持ちですか?もし考えている未来の展望があればお聞かせください。
本書でも触れましたが、言葉は生き物なので、時間とともにどんどん変化していきます。だからこそ、どこかのタイミングで続編ができたらいいなと思っています。私は紙の本という“物体”が好きなので、できればまた紙で出したい気持ちもありますが、ウェブ連載のような形でも面白いですよね。のんびり時間をかけて、自費出版という形もありかな、と。
オタクって、すぐ思いを紙に印刷したくなる生き物なので(笑)。形はどうあれ、変化し続ける言葉を追いかけ続けられたら嬉しいです。
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