「”大人目線”=”洗練性”」アダルト・オリエンテッドなレコードブティック 「Adult Oriented Records」

FEATURE
Interviewer Yushi Ibuki and Keiki Ueda edit by Shiritaikun
ファッションデザイナーでレコードブティック兼レコードレーベル「Adult Oriented Records」のオーナーでもある弓削匠さんに自身の音楽遍歴を交えながら、ショップオープンから現在にいたるまでのお話をお聞きしました。
<Adult Oriented Records>
2018年東京・代々木上原にオープン。
オーナーの弓削匠氏がセレクトした大人向けのレコードやレーベルオリジナルのアイテムが並ぶレコードブティック。

―まず、「Adult Oriented Records」というショップ名の由来について教えてください。

「AOR」という音楽ファンなら一度は耳にしたことがあるジャンルなんですけど、僕自身、子供の頃からこのジャンルの音楽が好きで聴いていて。AORは日本で作られた言葉で、“Adult Oriented Rock”っていう“大人目線のロック”を指すんですけど、僕はその“大人目線”という部分を=“洗練性”と捉えていて、すごく良い言葉だなと思ったんですよね。それで、大人目線のレコードショップということで「Adult Oriented Records」という名前にしました。それに、AORの「R」の文字を変えると別の業態にもなるっていう構想も踏まえて付けました。

―このレコードショップをオープンしたきっかけはなんですか?

もともと僕はファッションデザイナーだったんですけど、17年くらいファッションブランドの仕事をしていて、それが結構ストレスだらけで疲れ切っていたんですよ。業績自体は良かったんですけど、ちょっともうファッションいいかなって思って。

―それは意外ですね。どうしてですか?

なんというか、自分の看板でファッションブランドをやっていて、東京コレクションなんかにも出たりして、僕自身、アイデンティティを全て表現するものがファッションだと思っていたんだけど、卸売りメインのビジネスだったこともあり、長いこと続けていくうちにお客さんの要望に応じたデザインの服を作るのがメインになっていって。
そうしていくうちに、利益を取るか、自分自身のデザイン欲求を優先するかみたいな葛藤がでてきて、それすらも考えるのが嫌になって一回辞めてみようと思ったんですよ。一定の収入を得るのであれば、アパレルとの業務委託やディレクション業務、企画といった仕事の引き合いもあったので、そうした仕事を割り切ってやりつつ、レコードショップを始めた感じですね。そもそもファッションブランドを始めたきっかけっていうのも、10代の頃に音楽で挫折して、将来的に音楽と繋がれる仕事を考えた時にファッションだなと。ちょうど僕の母親もファッションデザイナーだったので。
レコードショップを始める前からミュージシャンのアートディレクターのような仕事はしていたんですよ。2008~2010年くらいに土岐麻子さんのアートディレクションを始めて、そこからだんだん音楽業界と近くなっていった感じです。ファッションのブランドをやっていた時から常に“音楽”がテーマだったので、僕にとって音楽は本当に切り離せないものですね。

―そうした経緯があったんですね。ショップをオンラインではなく実店舗にされた理由を教えてください。

僕自身もレコードをずっと買っていて、いろんな中古のレコードショップにも通っていたんですけど、結構雑多なお店が多い印象があったんですよね。もちろんそれがお店の持ち味でもあると思うんですけど、僕としてはもっとファッションブティック的な感覚のレコードショップを作りたい気持ちがずっとあって。それに、ファッションの仕事が辛くて辞めたけれども、いつかこのレコードショップからまたファッションブランドを作れたらいいなっていう考えもありました。
ただ、まずはレコードショップとして認知されないと先には進めないし、かといって下手なことはできないんで、それだったらレーベルも兼ね備えたレコードショップにしようと思ってスタートしましたね。

白を基調にした店内には数えきれないほどのレコードが並んでいる。

―レーベルという部分はやはりそれまでのアートディレクションのノウハウが活かされているんですか?

一十三十一(ひとみとい)さんのディレクションをしていた時にAORらしさというか、うちのお店らしさを考えて、シングルで出していくべきだと思ったんですよ。やっぱり普通にアルバムを作るとなるとかなりお金が掛かっちゃうんで。あとは、うちはレコードショップだから、音楽メディアとしてもレコードしか出さないつもりでもありました。一十三十一さんの場合は、どうやったら1000枚売れるかっていうところを考えましたね。こういった取り組みで得た収益で、僕が気に入っている若手バンドをうちのレーベルからリリースして少しでも知ってもらえたらなっていうこともやってます。

HITOMITOI / Toby Glider LATE NIGHT SPECIAL
レーベルオリジナルの12インチ

―先ほどもお話にあった“洗練性”や“大人目線”というキーワードは、レーベルだけじゃなく今お店でセレクトされているものもそういったテーマによるものなんでしょうか?

そうですね。ノンジャンルかつジャンルレスで。だからディスコやジャズ、ソウルなんかも全部“洗練性”というキーワードで一応選んでいます。そもそも“洗練性”って何だろうって考えた時に、僕は本当にジャズの要素だと思うんですよね。
AORもそうじゃないですか。アメリカの商業音楽にジャズ畑のミュージシャンたちが当時のフュージョンの要素をポップスに組み込んだみたいな。

―確かにそうですね。そして、お話を聞いていて感じたのですが、子供の頃からAORの音楽を聴かれていたりと、なかなかすごいですよね。

母親の影響もあるんですけど、当時テレビ番組なんかで流れていた、例えばベスト・ヒット・USAですとか、コマーシャルで流れている洋楽といったものに結構反応していました。あとは、家に山下達郎や大瀧詠一のレコードがあったのも大きいですね。このふたつはめちゃくちゃ好きで、しょっちゅう聴いてましたね(笑)。

―なんというか、私とはスタートがかなり違うようです(笑)。確かビーチボーイズもお好きでしたよね?

はい。初めて買ったレコードがビーチボーイズでした。
ビーチボーイズはテレビの影響ですね。子供の頃、東京とかだと朝の7時半から30分くらいのアニメ番組があったんですよ。そのアニメの間のコマーシャルで、当時CDが出たての頃だったと思うんですけど、そのCDのブート版みたいなものが流れていて。特に「サーフィンU.S.A」がめちゃくちゃ格好良くて。多分サーフィン自体にも興味があったんだと思います。というのも、僕は東京生まれですけど、父親の実家が愛媛で、夏休みに愛媛に行く習慣があって、海が結構身近にあったんですよね。
ちなみに小学生の頃は浜田省吾も好きでした。母親にレコードを買ってきてと言われて、買いに行って僕が好きになっちゃったみたいな(笑)。

―ジャンルというか、いろいろな音楽との出会いが早いですよね(笑)。

子供の時って、その時の情景にフィットする音楽みたいなものを自分なりに好んでいたんだと思います。夏が好きなのは完全にビーチボーイズや山下達郎、大瀧詠一の音楽や世界観が子供の頃から好きだった影響が大きいですね。
僕が思うに、15歳くらいまでに見たり聴いたりして、きれいだな、いいなって思ったものがそれぞれのセンスや判断基準の土台になるんじゃないかなと。そういったものが結構影響されやすいんだと思います。もちろん、それ以降に経験したものが人格形成の上で自分自身の血となり肉となりっていうのは当然あるんだけど。本当に子供の時のその感性ってめちゃくちゃ強いんじゃないかと思います。

AOR × Hiroshi Nagai Poster 2023 Hankyu Tokyo
イラストレーター・永井博氏とのコラボレーションポスター

―子供の頃からの影響や感性が地続きに今のお仕事にも繋がっていったんですね。
レーベルの音楽も含めて、ジャケットのデザインなどもこだわりを追求されていると思うんですが、以前、弓削さんが書かれたドナルド・フェイゲンのナイトフライのコラム(※1)を読ませていただいて、情報量の多さにこの人すごいな!と思いました。

あれはすごく調べたので、かなり時間が掛かりましたね(笑)。

―でもジャケットの背景を知ると、同じ曲でも聴くと全然違ったように感じるんですよね。

そうなんですよ。ドナルド・フェイゲンがいかにクレイジーかも分かりますし(笑)。

※1 弓削さんがWEBマガジン“HOUYHNHNM”上で連載したレコードにまつわるコラム “ART FROM THE RECORD RACK”。
Vol.6でドナルド・フェイゲン「ナイトフライ」が特集されており、こちらも必読の内容です!→https://www.houyhnhnm.jp/column/317528/

―イーグルスのホテル・カリフォルニアの回もあったり、あのコラムは必見ですね!
ここ数年盛り上がっているシティポップムーブメントについてもお話しをお伺いしたいです。弓削さんのショップにもこのジャンルに定義されるレコードを探しに来るお客さんも多いと思いますが、このムーブメントをどのように捉えていらっしゃいますか?

外国人のお客さんがね。詳しいんですよ、これが。日本のいわゆるシティポップ周りの音楽について。これないか?って。よく知ってるなって。もちろん海外の DJ からは 90 年代から日本のその時代の音楽って着目されてたけど、このSNS 社会になって日本にこんないい音楽あるんだ、みたいなものが一般的に知れ渡ったと思います。サウンドのクオリティも圧倒的に高い。山下達郎とか角松敏生とか。
ただ、シティポップが爆発的なムーブメントになることは絶対ないと思います。どこまでもニッチな世界ですからね。松原みきの「真夜中のドア」が当たったのがピークじゃないですか?

―そうすると、弓削さん的には今後もご自身の感性で“洗練性”のあるものをノンジャンルでセレクトしていく感じでしょうか?

そうですね。僕が今考えているのはディスコ系ですね。ディスコって世界中にあって、特にアメリカが一番有名でバカくさいというか(笑)。個人的にはアメリカのディスコはあんまり好きじゃなくて、どちらかというとヨーロッパなんかの少し洗練されたディスコが好きで、そこからアフリカやナイジェリアのディスコに繋がったりなんかして。あとはアジアに通じるものがあるので、ずっと関心はありますね。日本のディスコもアメリカやヨーロッパに影響を受けて独自に形成されてますからね。

―ナイジェリアのディスコ、興味深いです。

次はファッションの話になりますが、ファッションブランドのAdult Oriented Robesと昨年10月中目黒にオープンされたAdult Oriented Roomsについてもお聞かせください。

昨年の10月くらいに、ファッションブランドの洋服を売るスペースが必要になって。僕の親友がお店をやっていて、そのお店の一部は今までギャラリーとして貸し出されていたんですけど、そこが空いたから、じゃあそこで売ろうということになって。それで、もともと洋服とレコードを一緒に売りたいっていう気持ちはあって、そのほうが説得力もあるだろうし。ただ、ファッション業界の中でも洋服とレコードを組み合わせて売るスタイルが出始めていたので、それだったら僕はCDでやろうと。特に88~89年あたりから91~92年あたりのCDに着目しましたね。結構シティポップの名残みたいなのがあって、ディスコっぽいというか、そういったものを紹介できるお店にしようと思いました。


で、CDといったらバング&オルフセンだなと。たまたまバング&オルフセンのイベントのディレクションをする機会があって、それがきっかけで協力してもらい、バング&オルフセンのショールーム兼Adult Oriented Robesのショップという形にしました。
ショップにはイベント用にターンテーブルも仕込んであるんですけど、流れている音楽はCDからの音源なんですよ。使用しているプレーヤーはマークレビンソンで。有名なオーディオメーカーの、当時はプロシードという名前で作られていたものになるんですけど、それがめちゃくちゃ格好いいんですよ。
ショップ自体は90年代っぽい感じに仕上げてます。機材もバブル期に作られたものを使ってますね。というのも、バブル期ってやっぱりお金のかけ方が違って機材のクオリティもかなり違うんですよ。

―90年代というお話がありましたが、アパレル自体はやはりAORのイメージというか弓削さんのこだわりがベースにあるんですかね?

完全にそうですね。ジョルジオアルマーニとラルフローレンを掛け合わせたようなものを作りたいと思っていて。それを現代でどう表現するかみたいなことばっかり考えてますね。ジョルジオアルマーニはイタリア、ラルフローレンはアメリカ、そこにコムデギャルソンの日本的な要素が全部混ざったものを僕自身のフィルターに通してファッションを作れたらいいなと思っています。

姉妹ブランド Adult Oriented Robes 24春夏コレクション

―アパレルの方も楽しみです。
ここまでお話しを伺いながらRecords、Robes、Roomsと来て、今後の展開というか新しい「R」はあるんですか?

新しい「R」はあるんですよ、これが。いつ実現できるかは分からないんですけど、Adult Oriented Resortっていう、旅行代理店やりたいんですよね。僕たちのフィルターを通した、そのリゾート地みたいなものを紹介したいなと思っていて。日本国内にとどまらず、海外も含めた。最高に楽しそうじゃないですか?
本当はAdult Oriented Roomsっていう名前はレコードバーみたいなのに使いたかったんですけど、でも急遽お店を作らなきゃいけなくなって、それをそっちに当てはめたんです。でもそういうレコードバー的なものもどっかのタイミングでやりたいなと思っています。その名前はまだ決めてないですけど(笑)。

―とっておきの「R」案、教えていただきました!
最後に影響を受けたアーティストやおすすめのアルバムがあったら教えてください。

ジェームス・テイラーのワン・マン・ドッグかな?それとチェット・ベイカー・シングス。本当に子供の時から飽きずにずーっと。両方とも中学・高校ぐらいから聴いてますね。
チェット・ベイカーを好きになったのはジョアン・ジルベルトを聴いた後かな。最初にジョアン聞いて、その後チェット。そしたらチェット・ベイカーがジョアンに影響を与えてたっていう。やっぱり近いものが好きなんでしょうね。

弓削さん、今回はお忙しい中インタビューのお時間をいただきありがとうございました!

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