
アップデートされる多様性と繋がる世界~森泉岳土先生インタビュー~【後編】
マンガ家。
オリジナリティあふれる作風で注目を集め、イラストレーターとしても書籍の装画、挿絵、映画やイベントのポスター、CDジャケットなども多数手がけられている。タニスワフ・レム原作『ソラリス』のコミカライズが早川書房より2025年1月22日上下巻で刊行。
小説のコミカライズについて
―ソラリス以外でいうと、村上春樹さんや夏目漱石、カフカ、ジョージ・オーウェルなどのコミカライズもされていますね。個人的に『村上春樹の「螢」・オーウェルの「一九八四年」 』を読んだ時に、原作を読んだ時に感じたイメージと先生の絵がかなり一致というか、答え合わせをしているような感覚になりました。これに関しては映像を思わせる各作家の文才によるところもあると思うのですが、先生自身も、この2作品に限らず、読んでいて映像が浮かばれたりするのでしょうか?
良い小説であればあるほど、ヴィジュアルは浮かびますね。あまりにもそのヴィジュアルが強く印象に残ると、なんの本のどのシーンだったかはまったく思い出せないけど映像だけは残っているってこともあります。もう一度その小説を読みたいなと思うんですけど、どの作品なのか分からない(笑)。
でも、コミカライズするにあたってそんな頭のなかにあるヴィジュアルを絵として具現的にしなきゃいけないんですけど、頭のなかにあるヴィジュアルって、映画のような明確な映像じゃなくて、比較的イメージというか、「夢」に近いんですよ。いざ描こうとすると難しい。映像的につじつまが合っていなかったりだとか。それをつじつまが合うようなかたちに具体化するために手を加える必要があるんです。
おまけにそのイメージをそのまま絵に描けたときに喜びがあるかというと、僕個人は、じつはそれだけでは足りないんですね。自分のなかのイメージを超えた絵になってはじめて面白いと思うんです。つまり、自分のなかのイメージって大したことないんだなって思えるくらい良い絵を描けたってことになるんでしょうね。
村上春樹さんやオーウェルの作品は、僕がよくやっている「水で描いて墨を落とす」という執筆方法で描いています。なんでそんな面倒な方法で描くのかというと、水ってコントロールが効かないので僕の想像を超えるタッチになってくれるんですよ。ゆがんだりかすれたり。そんなハプニングが起こるような執筆方法で自分のなかのイメージを超えたりできると、それはもう喜びもひとしおですね。
―偶然のところも取り入れて受け入れるということですね。例えば、読者のイメージって大きくふたつに分けると、すでに原作を読んでいるかた、先生の作品を通して初めて原作を知るかたになると思うんですがその辺りは意識されて描かれていますか?
運がいいことにいままでコミカライズしている作品はほとんどの場合僕が愛してやまない作品ばかりなんです。なので、そもそも原作がすばらしいと思っているので、その原作の魅力をしっかりと伝えることができれば、原作を読んでいるかいないかの垣根はあまり関係ないんじゃないかと思っているんです。楽観的ですけど。
それに、個人的にはコミカライズしているときは原作者と――、『ソラリス』でいえば原作者のレムと、脳内で対話している感じなんです。それくらい作品のなかに入りこめるんですよね。それが本当に刺激的で、面白くてしかたがないんですよ。なので描かれた漫画が読者にどう受け取られるかというのはあまり念頭になくて、描いているときはそれこそ描くことに集中しているという感じですね。すくなくとも、その対話がなされているかぎり原作に寄り添っているということですから。『ソラリス』は今年のSFマガジンでも海外SFのオールタイムベストで1位になりましたし、ファンの多い作品なんですが、プレッシャーがあるのかっていうと、ないんですよね。
―ファンというと村上春樹さんはものすごくファンも多いので、プラスの意見もマイナスの意見も色々出やすい作家さんではあるかもしれないですね。
とくにマイナスの意見があった、みたいな話は僕のもとには届いてないですね(笑)。
―原作を熟読されていると思うのですが、コミカライズすることでご自身のオリジナル作品に何か影響を与えられたりとかはあるんでしょうか?
あんまり意識はしていないですけど、影響は受けていると思います。それは普通に読書したり、映画を観たりするだけでも影響を受けていると思いますけど、コミカライズするときはそれこそすごい深いところまで入りこんでいきますし。
―私たちが取り扱っている語学書にもつながるのですが、やっぱりインプットだけでなくアウトプットすることで身に付くといいますか、今の先生のお話を聞いて、やっぱり繋がっているのかなと思いました。
ぜんぶ繋がっていると思いますよ。
海外体験・作品作りのインスピレーションについて
―先ほど、学生時代にバックパッカーだったとありましたが、先生の初期の作品『ハルはめぐりて』のあとがきでも「旅行に行かなければ作品を描けない」と書かれていて、やはりそれくらい先生にとっては旅に出るということはすごく大事というか、作品作りの中でも影響を受ける部分ではあるんしょうか?
場所のちからって大きいんですよ。旅に出るとしょっちゅう「この町を描きたいな」って思うんですよね。そうすると、ここにはどういう人がいるんだろうと想像するんです。通りを歩いている人が頭に浮かんだら、その人はどこに向かっているんだろう、誰と会うんだろう、何を食べるんだろう、みたいなことを考えていくと自然と物語が出来ていくってのがあるんですよ。この町を描きたい、この海を描きたい、この木を描きたい。そういうところから世界が広がっていくんです。
やっぱり、子供のころからどこかに行きたいという異国に対する憧れみたいなものがあるんですよね。世界中どこにでも行きたいんです。
僕は子供のころからハングリー精神ってぜんぜんないんですよ。
―そうなんですか?
よく親にも言われましたけど(笑)。テストで1位とりたいとか、ライバルに負けたくないとか思ったことないです。というか、ライバルってなに、みたいな。
ただ、好奇心はあるんですよ。たとえば1冊本を読むと、分かることよりも知らないことの多さに驚くんですよね。そうするとその知らないことを知るために別の本を読む。するとまた知らないことの多さに驚いて――と、読書をすればするほどどんどん分からないことが増えて深くなっていくんです。
僕はこれをマッピングだと思っているんですよ。地図で自分の知っているところに印をつけると、行ったことのない場所がたくさんあるなって、地図が少し拡張されるんですよね。追えば追うほど地図もどんどん大きくなっていく。うわあ、行ってないところがこんなにたくさんあるんだ、もっと行ってみたいと思うんです。誰かに負けたくないというハングリー精神はないけど、好奇心には欲深い(笑)。そうやって世界が広がっていくんですけど、旅行も同じですね。一度旅行に出てると行ってないところの多さに驚くし、そこに行ってみたくなる。
―一番印象に残っている国ってあるんですか?
パキスタンの北部にある山岳地帯ですかね。風の谷のナウシカのモデルになったと言われている場所があるんですよ。桃源郷とも呼ばれていて、段々畑とかもあるんです。当時は90年代で、旅行者もあんまりいなくて、村を歩いていると、ちっちゃい子供が寄ってきて手にいっぱいのあんずをくれたりするんです。そういうところへ行って、世界は広いんだなって思って。自分の知らない世界がたくさんあるのが分かって、そうすると自分が今まで当たりまえだと思っていた常識が覆されるんですよね。立っている地面が地面じゃなかった、というような。その経験が面白いんです。勉強でも旅行でも読書でも「まだまだ僕は世界を知らない」と思うような体験って刺激的なんですよ。
―色々な国に行かれていると思うのですが、コミュニケーションとかはどうされてますか?
若いころは数字や挨拶とか簡単な現地の言葉を喋れるようにしてましたけど、だいたいそれでなんとかなっちゃうんですよね。あとはジェスチャーや表情とかで伝わりますし。そんなに苦労した覚えはないですね。特に当時はスマホやネットがなかったので、いろいろ諦めがつくんですよね(笑)。その感じがすごい好きでした。
―確かに、今それを味わおうと思うと逆に難しいですよね。
もうさすがにGoogleマップなしで旅行することはないですよね(笑)。
―私は、方向音痴なんでGoogleマップ様様というか。昔は地図を見ながら営業していたこともあるんですけど、どうやっていたのかもう忘れてしまいましたね(笑)。
ちょっとノスタルジーですよね。
―旅行以外でいうと、ほかのインタビューでも村上春樹さんの影響のお話なんかもありましたが、ジャンルに関わらず、インスピレーションを受ける作品だったりアーティストはいらっしゃいますか?
5年間ほど義理の父の大林宣彦監督の事務所に勤めていたのは、すごく勉強になったりしましたね。僕がいま漫画家でいられるのもそのときの経験が大きいと思います。
大林監督と一緒にお芝居を観に行ったことがあったんです。終演後、大林監督から「あのシーンどう思った?」って訊かれて、僕は登場人物に共感して「すごいよく分かります」といったような感想を言ったんです。そうしたら大林監督が「あれは作劇的にはね」って一言おっしゃって、雷に打たれたような気持ちになったんです。つまり、どういうつもりで舞台監督はあの演出をしていたのかということを、大林監督は観劇しながら考えていたんです。当時、僕はこれから漫画家になろうとしていたころで、そうか漫画家になろうと思ったら作品を観客としてだけでなく作家の目で見ないといけないということに気づかされました。そこからですね、映画にしろ小説にしろ漫画にしろ、なぜそのような演出がされているのかということを意識するようになったのは。その経験がなかったら、僕は漫画家になれなかったかもしれません。

―インタビューするまでは、もともとそういった素養をお持ちと思っていたのですが、大林監督とのその経験が結構大きかったんですね。
お芝居の技術にしろ、映画の技術にしろ、演出には意図があるんですよね。それを知ることができれば漫画の技術に展開できたりするんです。やっぱりそういった作品に対するアティチュードがなければ作家にはなれないかもしれないですよね。大林監督から学んだいろいろなことは、作家としての背骨になっていると思います。
―身近にいらっしゃるかたの言葉というか、そういう体験っていうのがやっぱり大事だと実感しますね。
そうですね。直接手取り足取り指導をしてくれるわけではないんですけれど、監督自身のアティチュードを包み隠さず見せてくれるだけで、吸収できるものがすごいたくさんありました。

―最後になりますが、ソラリスの単行本作業も終わられたということで、一つの大きなプロジェクトが終わられたかと思うのですが、今後の展望をお教えください。
目下進めているのは、僕含め3人の漫画家で主宰しているランバーロールというリトルプレスのために短篇を描いています。こちらもずっとコミカライズしたかった作品です。ごく短いものですけど。来年の4月に刊行予定なので、その編集もこれから佳境になると思います。あとは連載に向けても進めていくものもありますし、ほかのコミカライズも始動してますし。
―じゃあ、結構動き始めているんですね。
やりたいことがたくさんあるんですよね。読書や旅とおなじで、これもやればやるほどやりたいことが増えていく(笑)。
今後の活動も進行中とのことでますます楽しみです!森泉先生、お忙しい中取材を受けてくださりありがとうございました!

【新刊情報】
今回インタビューでお伺いした「ソラリス(ハヤコミ(ハヤカワ・コミックス))上下巻が1/22に発売になりました。鈴木成一デザイン室による装丁は森泉先生が「モノトーンにシルバーの箔が作品世界にマッチしていて美しく畏ろしい。」とXでも絶賛のブックデザインとなっております。

ソラリス 上(ハヤカワ・コミックス)
著:スタニスワフ・レム(原作)
森泉岳土(マンガ)
出版社:株式会社早川書房
発売日:2025/1/22
価格(税込):1,980円
詳しくはこちら:
https://www.hayakawa-online.co.jp/shop/g/g0005210399/

ソラリス 下(ハヤカワ・コミックス)
著:スタニスワフ・レム(原作)
森泉岳土(マンガ)
出版社:株式会社早川書房
発売日:2025/1/22
価格(税込):1,980円
詳しくはこちら:
https://www.hayakawa-online.co.jp/shop/g/g0005210400/
★『ソラリス』刊行記念イベント開催のお知らせ★
<原画展>
・ハヤカワ・コミックス『ソラリス』刊行記念 森泉岳土原画展
日時:2025年2月26日 (水) 〜 2025年3月13日 (木)
時間:平日 11:00~21:30 土日祝 10:00~21:00
料金:無料
会場:青山ブックセンター 本店・ギャラリースペース
<トークイベント>
・ハヤカワ・コミックス『ソラリス』刊行記念 森泉岳土×小川公代トークイベント
日時:2025年3月2日 13:00~14:30(開場 12:30)
参加費:1,650円(税込)
定員:100名
場所:青山ブックセンター 本店 大教室
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・森泉岳土 公式ホームページ
https://moriizumitakehito.com/
・X:https://x.com/moriizumii/
・Instagram:https://www.instagram.com/moriizumi_takehito/
・ココ出版
https://www.cocopb.com/
・早川書房
https://www.hayakawa-online.co.jp/
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