創業 安政4年!文京区本郷の歴史ある老舗出版社、吉川弘文館さんインタビュー
株式会社 吉川弘文館
取締役 営業部部長 片山伸治様
編集部 部長 堤崇志様
創業 安政4年。その歴史について
―吉川弘文館さんは創業が1857年(安政4年)、安政年間ということで日本でも一番歴史がある老舗の出版社さんの一つですが、大変長い歴史をお持ちでいらっしゃるのでその長い歴史をかいつまんでお教えいただけますでしょうか。
片山さん:創業者吉川半七が小僧で書店に出ていたのですけれども、そこから独立したのが安政4年(1857)で、そこを創業の年としているということになります。ペリーの黒船が来航したくらいの幕末の時代です。
当時の出版物は、江戸のほうで取り扱われるものと、上方のほうで取り扱われるものとは全く別のものだったようなのですが、飛脚を飛ばして大坂のものをこちらに持ってきて販売したりしていたようです。こちら(江戸)では手に入れられないようなものを扱っている、ということで商いになったんですね。
そのあと、明治の初めごろに京橋(東京都中央区)に店舗を構えて、そこで書物を売ったり、いわゆる有料の図書館のようなこともしていました。西洋の情報が得られるような図書館を作って、そこで色々な方に見てもらっていたということのようです。
堤さん:明治5年(1870)に「来読貸観所」という、今の図書館のようなもので、国内外の貴重な本を並べてそれを閲覧できるようにしていたようです。
このように当初は出版社ということではなくて、書店として創業しているわけなんですけれども、明治10年くらいから出版を手がけるようになりました。
その後、明治20年代くらいから出版を専業とするようになったということでありまして、その後大きな事業をいくつも抱えていったようです。
当時、本を売ったり、貸し本や図書館の始まりのようなことをしたり、そして出版をしたりと、初代はかなり色々な発想で事業を展開していたようです。
転換点となった一大事業「国史大系」「国史大辞典」
-長い歴史の中で転換期の一つはやはり出版に取り組み始めた頃になりますか。ほかにもいくつか転換期があるようですね。
堤さん:そうですね。ひとつは明治20年代の出版を専業にした時期ということですが、その後もいくつか大きな転換期となる出来事があります。
関東大震災と太平洋戦争中の東京大空襲では社屋自体が焼失し、資産や資料等も一切合切失いました。しかし、そういった状況でも変わりなく出版業を継続しようということで立ち直り、現在まで事業を継続してきたことは、とても大きな転換期と言えます。ちなみに、社屋を現在の本郷(東京都文京区)に移したのは、昭和34年(1959)のことです。
また、出版事業自体としては、「国史大系」(全60巻・66冊)という史料集が昭和4年(1929)から昭和39年(1964)まで、戦争により出版ができず中断した時期を挟みますが、実に35年間かけて刊行されました。これが大きな転換ではないでしょうか。今の「日本史専門の出版社」という位置付けは、この国史大系をきちんと完成させたことで築いた地位だと思っています。
片山さん:出版傾向でいいますと、大きな転換期は明治12年(1879)、宮内省御用書肆となり宮内省とか文部省だとか政府の刊行物を扱うようになったということでしょうか。かつては歴史の辞典のようなものは国家的な事業でなされていたものですから。 「幼学綱要」(明治15年)は子供たちのしつけというか道徳的なことをまとめたもので、全国の学校に配られたという書籍です。これがのちに教育勅語の発布に発展したようです。
-国史大系がまさに御社の転換期というか一大事業ということで、国史大系といえば吉川弘文館、ということで名前が出るような形になったということですね。
片山さん:もう一つあげるなら、今もありますけど「国史大辞典」という平成9年(1997)に完成した全17冊の日本最大の日本史の辞典です。昔、明治期に当社から出版した「国史大辞典」というものがありまして、それを新しく作ったのが今の国史大辞典です。
堤さん:「国史大系」が昭和39年(1964)に完結するのですが、「国史大辞典」は昭和40年に編集に着手しているんですね。「国史大系」という一大史料集の後に、研究者のみならず歴史愛好家も使えるような大辞典を作ろうと、さらなる事業を始めたということです。 完結が平成9年(1997)で、こちらもやはり30年近くの年月がかかっている。
片山さん:昭和40年に出版しようということで開始して、第1巻が出たのが昭和54年(1979)。そこまでで14年経ってはじめて第1巻が出て、そこからさらに20年近い歳月を経てやっと完結したという辞典です。
-やはりそういった本を編集していくのはものすごい労力がいるものなのでしょうか。10年以上かかるということですものね。
堤さん:そうですね。当時は国史辞典編集部という十数名のスタッフを抱える大きな部署でした。パソコンもない時代なので、カードに項目を書き起こしていくのですが、「国史大辞典」は最終的に全15巻(17冊)で完成し、収録項目数は5万4千を超えたわけですから、膨大なカードが使われました。当然、手書きの原稿を集めて編纂するということです。著者に原稿執筆を依頼して、それからいただいた原稿を校閲し、校正に回すという作業なんですけれども。
-辞典の編集というのは他の書籍と比べて独特なものがあるのでしょうか。作業が大きく異なるのはどのような点でしょうか。
堤さん:すでに先行して出ている各種辞典類とも照らし合わせて点検しなければいけません。特に辞書に書かれている内容も研究が進めば変わってくるわけですので、その時点での最新の動向を抑えていく必要がありますよね。これまでの蓄積と最新の研究動向をきちんと目配りしながら、記述の正確さを追求しなければいけない、というところは、一人の著者が書いた専門書とは違います。学界で共有できるような質の高い辞書を、ということを目指す上でも大変な苦労があったと聞いております。
ア行からヤラワ行の最後までどういう項目を作り、どのように編成するのか、それで分量はどれくらいなのか、ということを最初に構築するのですが、なにせ30年がかりですから。その間も研究はどんどん変わっていきますので、それに対応しながらという編纂だったそうですので、これは本当に大変な事業だったと思います。
―常に新しい情報が入ってきて、そちらも確認しつつ進めていくというところですよね。
片山さん:はい。なので辞典は大抵の場合、最初の想定よりも大きく膨らんだりします。
-なかなか想像がつかない膨大な作業ですね。スタッフが十数名でも足りないくらいの感じがありますね。
堤さん:実際そうだったんだろうと思います。会社の規模に対して無制限に人員を増やせるものではないですから、あまり余裕もない中でやっていたそうです。
片山さん:編集責任者は会社に住み込んでいたと聞いています。先生方からいつどんな連絡が入るかわからないということもあって、会社に何年か暮らしていたといいます。
ファンも多いシリーズ書籍「歴史文化ライブラリー」「人物叢書」
-まさに御社の根幹となるのが国史大系であったり国史大辞典、そこが一番中心になるのだなと大変興味深くお話を聞かせていただきました。加えて御社はシリーズで刊行されている書籍も多く出されていますね。そういった書籍の中でこれまでに思い入れのある出版物などございますか。
堤さん:基本的には160数年の歴史の中で大きなものというと、やはり「国史大系」「国史大辞典」があるわけですが、一方7~8冊のシリーズ物とか1冊1冊の専門書、学術書をしっかり出してきたからこそ、そういう一大事業も成り立っていたわけなんですよね。
日本歴史学会の責任編集による「人物叢書」という伝記シリーズがありますが、最近、通巻300冊を超えました。昭和33年(1958)に刊行を開始して、今も新刊を出し続けています。この伝記シリーズは私自身も担当していた時期があるので思い入れは強いのですが、辞典に止まらず、長く続けているシリーズがあるということは強みだと思います。
それから、「歴史文化ライブラリー」という現在月2冊出しているシリーズも、もうすぐ刊行開始から30年になります。平成8年(1996)から26年続いていますけれども、こうしたものを継続して出してきていることは強調したいですね。
史料集、辞典、専門書、そして一般書と、日本史という分野ではありますけれども、一つの出版社で色々な分野の本を出せるというのは、なかなかないことだろうと思います。そこは長い歴史の中で培ってきた知識と技術があるからこそできることなのかなという気がしています。
片山さん:専門の研究者から一般の歴史好きな方々までを対象にした幅広い出版活動をずっとしてきたということです。一般向けのシリーズとしては、つい最近完結した「京都の中世史」(全7巻)、現在刊行中の「対決の東国史」(全7巻)もぜひ紹介しておきたいと思います。
-シリーズ300冊を超えるという人物叢書。その主題となる人物はどのように決めているのですか。
堤さん:昭和30年代からずっと選出してきているのですが、基本的には日本史上の大きな事件なり政治に関わった人物から著名な人物を漏らさず収めていこうという編集方針です。ただ、その一方で、聞いたことのないようなあまり知られていない人物にも光を当てるというところも一つの役目として考えているようです。こちらは日本歴史学会が編集しているので、どの人物を取り上げ、どの研究者に書いてもらうのか、ということは学会で決め、原稿が出来上がってから吉川弘文館のほうで編集、刊行をするということを長年続けてきております。
長い歴史があるものの、例えば徳川家康は300冊目にしてやっと出たんです。源頼朝とか足利尊氏など…、豊臣秀吉もまだ未刊なんです。
当初から予定書目として当然上がっている人物だけれども、「人物叢書というと伝記の決定版」という評価をいただけるようになりましたので、かえって著者が完成度を求めるあまり原稿がなかなかできないという事情もあるようです。教科書に必ず出てくる、時代を画する人物でありながら本が出ないというのは、こうした苦労があるわけですね。
刊行開始以来65年に及ぶシリーズですので、一人の人物に関して執筆者が二人あるいは三人くらい交代している人物もあるんですね。それでも出版できていればいいんですけども、まだこれからというものも多く含んでいます。
―お話を聞いていてこれからますます期待が膨らむというか、待望の人物がいまかいまかと皆さん待たれているかと思うのですが。
堤さん:かなり待たれている人物もいると思うんですけれども。
古代、中世はだいぶ充実しているんですけれども、近年は近世史、江戸時代の人物などが多くなりました。現代史に踏み込んでくると、人物の評価がまだ定まらないということで、現代史のほうは数は少ないんです。昭和、太平洋戦争前後くらいまでは収載対象として考えているようです。
やはり「あの人物はいつ出るのか」という読者の問い合わせは多いですね。
-1番問い合わせが多いのは誰でしょうか。
堤さん:大河ドラマの影響と思いますが、源頼朝はよく聞きますね。
-NHKの大河ドラマがあるとやはり違いますよね。
片山さん:違いますね。大河ドラマで今まであまり脚光を浴びていなかったような人物に改めてフォーカスされることはあります。
堤さん:ただ、有名だけれども実は史料が残っていない、というような制約が強い人物もいるんです。例えば教科書で紹介される重要人物だけれども、〇〇事件ということで事件の張本人として出てくる人物。しかし、実はその事件以外には正確な記録が残っていないという人物も多数いるんですね。その場合に、伝記として成り立つのかという難しさがあるわけです。
あの人物はなぜ刊行されないの、と言われたときに実は正確な伝記として書くための根拠となる記録が残っていないから難しい、というのはよくあるということなんです。
推測とか想像で書き足せる分野ではありませんので、やはり記述の根拠となる記録、古文書があるかないかによって、伝記として成立するかどうか大きな違いが出てくるのです。
-デジタル版は需要はありますか。
堤さん:ここまで話題に出した「国史大系」もそうですし、「国史大辞典」や「人物叢書」も既にデジタル化しました。
片山さん:「国史大系」は今年の3月にリリースしまして、大変好評のようで予測を超えるだけの注文をいただいています。
AASアジア学会書籍展示への意気込み
―AASアジア学会について、今回(2023年3月開催)は書籍の出展のみですが、次回以降状況が許せば現地でご参加いただけるとのことですよね。今後の意気込みなどございましたらお聞かせいただければと思います。
片山さん:これまでにお話しましたように、日本史や日本文化を中心に出版活動をしてきて、そこはやはり吉川弘文館の特徴であり強みでもあります。著者もほぼ大学や博物館に属している研究者で、史料に基づく根拠のある内容を本にしている、ということで一定の信頼を得ているのかと思います。日本の歴史とか文化を知る上では、やはり無視できない出版社として認識していただいているということで、それは国内だけではなくて海外の研究機関においても同じだろうと考えています。
また、最近の出版物とか研究の方向性を考えたときに、日本史の研究といっても日本一国、国内だけのことを扱っているわけではなく、アジアの中の日本とか世界史の中での日本という視点が重要になってきているようです。今後もますますそういう傾向が強まるでしょうし、海外の方からみてもより関心の深い、世界の中での日本の立ち位置をテーマにした書籍が今後増えてくると思います。そういった意味でも海外での需要に則したものを今後も刊行していけるんじゃないかなと思っております。
堤さん:そうですね。やはり国際性重視というのは大きな流れとしてあると思いますね。 高校の授業でも歴史総合という形で、世界史の中の日本という視点を強く出すようになりましたしね。そういう影響も今後ますます強くなってくるのではないかと思います。
片山さん:AASで実際に司書の方に会ってお話する機会も重要だと思いますが、昨今日本出版貿易さんでも取り組んでおられるzoomでの商品説明会を通してなど、海外との接点を作り色々と状況を伺ったりしながら、今後どういったことができるのかということを探っていきたいですね。やはり海外市場を社としても一つの柱として力を入れていきたいと思います。
株式会社吉川弘文館
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